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税理士法人J-spiritz山内会計

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社会保険の落とし穴

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<創刊号>

社会保険の落とし穴


2015年10月に幕を上げた第3次安倍改造内閣は、一億総活躍社会を目標に掲げ、少子高齢化、同一労働同一賃金、女性の活躍といった課題に積極的に取り組んでいる。こうした課題と並んで、低水準の給与収入で生活する人が収入増加を躊躇する要因として巷間で指摘されているものが2つある。

そのひとつが、所得税制の配偶者控除だ。兼業主婦の女性を中心に、配偶者控除の適用を受けるため、合計所得金額38万円以下で就労しようとする人が多く、これが女性の活躍を阻害する要因となっているのではないかというものだ。収入が給与のみの場合には、合計所得金額38万円となる年収が103万円であることから、この阻害要因は、103万円の壁とも呼ばれている。

そして、いまひとつが、社会保険の扶養である。これは、103万円の壁と対比的に、130万円の壁として人口に膾炙しているもので、「年収が130万円以上になると、会社で社会保険に加入しなければならなくなり、給与の手取り額が減少することから、たとえ103万円の壁が取り除かれたとしても、年収130万円未満で就労しようとする人が増えるのではないか」と言われている。

しかし、この後者の指摘は誤解である。実は、年収が130万円以下であっても、会社で社会保険に加入しなければならないケースが往々にしてあるのだ。

そこで本稿ではまず社会保険に関する各種要件を再確認する。そしてそれを就業事例にあてはめて考察するとともに、今後の社会保険制度改正についても概観する。次いで所得税制における配偶者控除について振り返り、これと社会保険制度に共通する根源的問題点を指摘する。最後に、これらを所与に、安倍政権の目指す一億総活躍社会を実現するための在るべき社会制度について若干の示唆を加えることとしたい。尚、本稿では収入が給与のみのケースを念頭にしていること、我が国の制度に焦点を絞っていることを予めご了解いただきたい。

社長「先生、うちのパートさんが、勤務時間を減らしたいって言うんだ。なんでも、年収130万円までにするから、社会保険料を給与から引かないでほしいってことなんだ。」

税理士「なるほど、兼業主婦とかの方で、ご家族の方の扶養に入られるってことなのかな」

社長「そうそう、そうやって言ってた。旦那さんの会社にも何か書類を出すとかって」

税理士「被扶養者異動届出書のことだね。旦那さんの会社の事務の方に提出して、手続してもらう必要があるよ。でもその方、時給はいくらぐらいの方なんですか」

社長「うちのパートなんて単純作業だもん。時給800円しか出しとらんよ。だから、130万円を800円で割って、年間1625時間、それを12ヵ月で割って4週で割ると、週33時間までなら、社会保険料がかからないってことだよね」

税理士「ちょっとまって、社長、そう考えるのは早計だよ。年収130万円というのは、社会保険の扶養に入れるかどうかの基準であって、被保険者になるかどうかとは話が別だよ。」

社長「え、どういうこと。年収130万円までなら社会保険に入らなくて済むって、よく聞くじゃない」

税理士「実はそうじゃないんだ。社会保険に入らなければならないかどうかは常用的使用関係にあるかどうかで決まるんだ。この関係は図1で説明できるよ」

図1 年収・労使関係から見た社会保険の入り方
  常用的使用関係に
  ある ない
年収
130万円
以上 会社の社会保険に入らなければならない 自分で国保と国民年金に入らなければならない
未満 家族の扶養に入れる可能性あり

税理士「常用的使用関係というのは、そのパートさんが、日数と時間数の両方で一般の社員さんの4分の3以上働かれている場合のその労使関係のことをいうよ。この常用的使用関係にある場合には、年収には関係なく、会社の社会保険に加入しなければならない。常用的使用関係にない場合に初めて、年収が問題になり、130万円未満の場合は誰かの扶養に入れる可能性が出てくるんだよ。」

社長「なるほど。年収のことを先に考えがちですが、時間数や日数を先に検討しなければいけないんですね。そして、常用的使用関係に無くて(働くのが4分の3未満で)年収が130万円以上の場合には、自分で保険に入らなければならないのですか。会社で働いてもらっていると、会社で社会保険に入るか、扶養に入るかという2択で考えがちなので、意外な気がするのですが。」

税理士「会社で社会保険に入るかどうかの基準と、扶養に入れるかどうかの基準がばらばらだから、会社で社会保険に入れないからといって、必ずしも扶養に入れるとは限らないんだね。例えば、社長のところは週休2日、1日8時間勤務だね。」

社長「そうです」

税理士「すると、一般社員さんが週40時間勤務(5日×8時間)で、月概ね20日(5日×4週)だね。そういう職場で、1日5.5時間・週5日で働いてもらう人を例に考えよう。」

社長「毎日来るけど3時半ぐらいに帰るって人ですね。」

税理士「そうです。すると週の勤務時間は5.5×5日で27.5時間で、30時間(40時間の4分の3)を下回っているから、常用的使用関係にはなく、会社で社会保険に入れてあげなくていい形になるね。その勤務形態で時給1000円で働いてもらったとしよう。すると、月の勤務時間は27.5×4週で110時間。12ヵ月だと1320時間。1320時間に時給1000円をかけると、年収1,320,000円だ。常用的使用関係になくて、130万円以上なので、この場合は自分で保険に入ることになるよ。」

社長「へぇ、会社で働いていながら自分で社会保険に入るだなんて、よっぽどのレアケースかと思ったら、意外と身近にあるんですね。」

税理士「そうだよ、手続を間違えやすいケースだから、気を付けないといけないね。もう一つ、対照的な例を見ておこう。一般の社員さんが1日8時間・週5日働いている会社で、一日6.5時間・週4日・時給800円で働いてもらうケースを考えてみよう。」

社長「ありがちなケースですね。」

税理士「はい。すると、時間も日数も4分の3以上だから、年収を考えるまでもなく、会社の社会保険に入らなければならないね。」

社長「そういうことになりますね」

税理士「このケースで年収を計算してみると、働いてもらう時間は、週26時間、月104時間、12ヵ月だと1248時間という計算になるね。すると、1248×800で、年収は998,400円だ。」

社長「ええっ。ということは、この人の場合、年収130万円はおろか、100万円にも達していないのに、会社の社会保険に入れてあげなければならないのですか。」

税理士「そうなんだよ」

社長「さっきのケースでは週27.5時間、今度のケースでは週26時間、1週間当たり1.5時間しか勤務時間が変わらないのに、さっきのケースでは、会社の法定福利費の負担はゼロ、今度のケースでは多額の法定福利費を負担しなきゃいけなくなるんですね。逆に言えば、同じ時間働いてもらうにも、一日の時間数や出てきてもらう日数を工夫すれば、法定福利費の負担を減らせるということになりそうですね。」

税理士「会社の負担という点からいえばそうですね。でも、従業員さんの老後の給付に目を向けると、さっきのケースでは、132万円も年収がありながら厚生年金はもらえない形になるのに対して、今度のケースでは、100万円にも達しない年収なのに、厚生年金がもらえる格好になるんだ。」

社長「なるほど、なんだか社会保険制度の不条理が見えてきた気がしますね。」

税理士「そうなんだ。そこで、従業員501人以上の大企業では、28年10月から社会保険に入れてあげなきゃいけない人の範囲が拡大されることになったんだ。」

社長「そうなんですか」

税理士「具体的には、週20時間以上・月給8万8千円以上で1年以上継続雇用が見込まれるパート・アルバイトで、学生以外の人は、社会保険に入ることになったんだ」

社長「へぇ、大企業は保険料負担が大変になるんですね。月給8万8千円ということは年収105万6千円かぁ。ということは、大企業で働く人は、会社の社会保険に入るか、家族の扶養に入れるか、どちらかということになりそうですね。」

税理士「週20時間って縛りがあるから、一概にはそうとは言えないね。時給が1355円以上だと、週20時間でも130万円を超えるから、自分で保険に入らないといけない形になるよ。短時間労働者で時給1355円っていう人はなかなかいないかもしれないけど、能力の高い技術者・有識者の方で、色んな会社から引っ張りだこの人なんかは、複数の会社を掛け持ちして、どこの会社でも週20時間を超えないけど、年収は裕に130万円を超えるってこともありそうだね。」

社長「なるほど。でもそういったレアケースを除けば、さっきみたいに年収は多いけど厚生年金はもらえないってケースはなくなりそうだね。」

税理士「そうだね。国が給与額で線引きすることとした趣旨はそこではないのだけれど、結果的には、被保険者になる要件に年収が加わった意義は大きいといえるね。」

社長「うちは中小企業だから関係ないけれど、501人以上の会社では、社会保険に入らないようにするためには年収106万円未満まで下げた働き方にしてもらう必要があるわけだ。これまでより多くの人が会社の社会保険に入るようになることで、フルタイムで入るパートさんと、少ししか入らないパートさんと、両極端になりそうだね。」

税理士「そうだね。安倍政権は一億総活躍社会の実現を唱えているけど、こういった両極端な状態を助長する政策は、むしろ女性の活躍の阻害要因になるようにも思えるよね。」

社長「そうですね。ただでさえ、103万円までになるような働き方をする人が多いのにね。」

税理士「そうだね。103万円までなら、自分にも税金がかからないし、配偶者控除も受けれるからね。厚生労働省のパートタイム労働者総合実態調査(平成23年)でも、配偶者がいるパートさんの18.3%は働く量を調整していて、働く量を調整する理由としては、1位が自分に税金がかからないように103万円に抑えているというもので57.5%、2位が社会保険の扶養に入っていたいから130万円に抑えているというもので43.1%などとなっているよ。(合計が100%を超えているのは複数回答のため)」

社長「そうなんですね。でも、本来は順序が逆ですよね。」

税理士「というと?」

社長「つまり、そのパートさんが、どういう働き方をしたいかということが先にあって、それに対して社会保険や税がどうなるのかというのが本来であって、税金がかかってしまうからとか、社会保険の扶養に入っていたいから等という理由で、働くのを諦めなければならないのは本末転倒だと思うんです。」

税理士「そうですね。そう考えると、ある一定の要件を設けて、超えるか超えないかで全か無かがはっきり分かれるような制度設計自体がそもそも適切なのかという根源的問題が見えてくるね。」

社長「何とかすることはできないんでしょうか。」

税理士「解決策はあるよ。まず、税制に関しては、世帯別課税を導入することだ。今、一人一人に所得税がかけられているけれど、これを、家族ごとで所得税をかけるようにするんだ。そうすれば、税金がかからない家族というのは生活が難しいほどに所得が少ない家族ということになるので、そうなるように調整して働こうとする人はいなくなるはずだ。また、社会保険の面からは、第三号被保険者の制度を廃止することだ。そもそも保険料を納めていないのに国民年金がもらえるということに対する不公平感は叫ばれて久しい。すべての国民が必ず約15,000円/月の国民年金保険料を納めるという形にすれば、会社の社会保険に入ると保険料の半額を会社が負担してくれるので、むしろ会社の社会保険に入りたいという人が増えてくることが期待される。」

社長「なるほど。どちらも大胆な改革になりますね」

税理士「そうなんだ。だからきっと、実現するのは難しいだろうけどね。」

社長「そうですね笑。ところで先生、最初の話に戻るけど、勤務時間を減らしたいって言ってきたうちのパートさん、どういう働き方にしたら旦那さんの扶養に入れるか、考えてもらうことできる?」

税理士「もちろん。社長のとこは顧問先だから、なんでも相談してもらって大丈夫だよ。」


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